TOP >  ワクワク系とは >  「進化・変態」の物語 >  岐阜の呉服店主、山本さん(仮名)のレポート


ワクワク系はアドベンチャーワールド

小阪先生、青野さん、事務局のみなさんいつもお世話になっています。
ワクワク系の会員になってちょうど7年になります。
この前 先生に「ワクワク系が進化して行く、ってどんなイメージ?」と聞かれて今まで歩んできた道をちょっと振り返ってみました。


私にとってワクワク系は アドベンチャーワールドです。



2003年頃(入会前)のイメージ
草原にいるんだけど、それは表面だけ。下の方からどんどん枯れているのが分かります、今は困っていないけれどこの地にはいつまでも居られないだろう、と思われました。(ふつうは入会時は荒野のイメージかもしれません)
何かここを脱出する手立て、ヒントはないか?と探していました。


そのころは 月1回の展示会開催とそれに向けてのDM作り、勧誘にDMを持って訪問、展示会で売上を作る。売上は順調に推移していました。
しかし留守がどんどん増え訪問しても会えない、社員の疲労も目立ち効率も悪い、こんなやり方は続かないだろうと思いました。
せっかく良い立地に店舗がありながらそれが活かせず外へ出ているので店は倉庫化していました。
お客様の方から来店してくだされば外へ出ずにお客様をおもてなしすることに特化出来る、何とかその方法はないものか?と探していました。



2006年
小阪先生という目標を切り立った崖の上に発見!
“コレだ!”と閃き、登る決心をしました。
目標は遥かに遠かったけど、
不思議と大変とは思いませんでした。
きっと進むべきゴール、
崖の上のフラッグを発見した喜びの方が
大きかったと思います。


何年か前に友人からもらった本「失われた売上を探せ」を読み“これだ!”と思い、いつも持ち歩き読みなおしていました。
5月、京都で入っている同業者の組合にちょうど小阪先生が講演にいらっしゃったので聞きに行き、即入会。7月、当時登録されていた2000名のお客様に第1号のNLをメール便で送りました。そのNLを持って神戸のパワフルパーティーに参加。
先輩の会員さん達が「1年半か2年売上は落ちるけど絶対戻って来るから諦めないで絶対続けなさい」と言ってくださいました。初めて会った人ばかりなのに何て親切な人ばかりなの!と思いました。



2006年7月~2010年秋
垂直に切り立った崖をひたすら登りました。どうしていいか?どんなルートを行けばたどり着けるのか皆目分かりません。真っ暗な闇の中で小阪先生の本やセミナー、会報誌に載る先輩たちの実践を読んだり、先輩に相談したり、時にはお店を訪問したり・・・それが小さな灯りとなってあちこちに見えるので その灯りを頼りにやみくもに登って行きました。
崖の下の闇からはフラッグを持って頂上に立っていらっしゃる小阪先生の姿はまったく見えません。でも登ると決めたので、ひたすらこの崖を自力で登ることだけを考えていました。


発行してすぐ 来店されたお客様が「送ってもらったの面白いわ~」「タダで送ってもらっていいのー?」と今までにない反応。コレでいいんだ!と確信しました。9月決算も前年と変わりなくホッとしました。

問題は次の年。売上は展示会で作るという体制は変わっていません。こんなものを送っておくだけで はたしてお客様は来て下さるんだろうか?
でもNLをメール便で送り始めたその月から社員は外へ行かなくなりました。もう送ったから持って行くものがないし、行く必要もないというのです。社員は店で待つだけ、電話1本掛けようともしません。もう後戻りはできません、完全に退路を絶たれました。
商業界でいつも「余力のあるうちに次の手を打て」と言われていました。 今だ!と思って取り組んだことなのに もし失敗したら・・・ 微増でも順調に売り上げも伸びていたのにとんでもない事を始めてしまったのか!と夜も寝られませんでした。

でもお客さまからは大好評。みなさん笑顔で「楽しみに読んでるわ」「時間の空いた時に読めるからいいね」「枕元において眠くなるまで毎日少しづつ読むのが楽しみなの」と嬉しい言葉がどんどん集まってきます。
以前はお客様が自分で言ってくださらない限り「○○さんはうちで買って頂いています」なんて信用にかかわるので言えません。でもお客様の写真や声を承諾を得て掲載させて頂くことで お客さまとお客様がどんどん繋がっていきました。
あちこちの職場や集まり、友達同士の会話や会社の昼休みにお父さんたちの間でも当店の通信、写真が話題になり盛り上がっていっているのが聞こえてきました。
当店を中心に緩やかな でも確かにコミュニティーが出来てきているな、と感じました。
結局その年も売上は落ちず、順調でした。

でも考えてみれば当たり前だったのかもしれません!
今から思えば DMは会って話して説明して完結するものとして作っていました。だから会えないと長々とメッセージを手書きしてポストに入れて帰って来ます。時間がないと簡単な文章しか書けませんし、社員によってバラバラ、放り込みだけも多かったでしょう。どうしても会いたい方のは最後まで持って歩き 会えないと結局放り込みになったりしてしまいます。近所の見込み客の方が先に知っていらっしゃって御迷惑をかけたり、と機能を果たしていたとは言えなかったのでしょう。届けるのを委託しても変わらなかったわけです。


NL作りのキモ
DMとNLは名前も違うように別物なんだと思いましたが どうやって、何を基準に作ればいいのか、悶々としていました。
NLはお客さまとコミュニケーションを取るもの、自己開示が最も必要。
SLをいっしょに入れてもいいが お客様を混乱させないために必ずNLとSLはごちゃごちゃにせず分ける、という原則は先生のセミナーを聞くうちに理解できました。

結局考え付いたのは お客様の所へ訪問した時(来店された場合でも同じですが)いきなり「この着物こんなに素敵だからどうですか?」なんて勧める営業って売れませんよね。お客さまと共通の話題を探して話を合わせたり、お客様のことを聞いたりして心を開いてもらってからしか商品なんて見せません。どうでもいい(?)世間話9割、商品の話は1割以下で売れるんです。それと一緒じゃないか、と発行して行くうちに気が付きました。

だから本当に大切なのはNLでコミュニケーションがとれているかです。どれほど楽しんで読んで頂ける内容にするか、今は着物に興味のない方でも他の話題で興味を引きつけられ、当店からお客さまの目を離させないことだと思いました。また売り込みをかけるSLよりも「知ってほしい」「分かったらこんなに楽しいよ」というスタンスで奥深い着物の世界へ入って来ていただけるような記事を増やして行きました。
お勤めから帰ってきてポストをのぞく。「糸をかし通信が入っていたら読まないと夕食の準備が始められないの」と何人かのお客様が言われました。毎月“お客様が心待ちにしてくださる通信”を目指して作ればいいのだと確信しました。

当時 私は1億セーラーだったので“私一人で2000名のお客さま全部に営業をかけてやるわ”、と意気込みました。顔を見てその人だけに焦点を合わせて話をするのと比べれば NLはトーンダウンですが、留守メッセージより詳細に書けます。何よりも沢山の方に思い通りの日に一斉にコミュニケーションがとれ、こちらが見込み客と思わず訪問なら放っておく方にも情報を届けられ親しみを感じてもらえます。会って話をするつもりでNLに力を入れて行きました。

お客さまも若い方になればなるほど家庭への訪問を嫌がる方、自分の予定を優先される方が多く NLを自分の好きな時に読んで好きな時にお店へ寄るわ、というあっさりした関係を好む方が多くなったように思います。

真っ暗な崖を目標がみえないまま登っている時の道しるべは 会報誌に載る先輩の実践とセミナーでした。先輩の実践は同業種より異業種の方が考える巾が広く自店に置き換えて考えることで とても参考になりました。あれこれ考えながらとにかくやってみました。
毎月どんなことがあってもNLを出すことは絶対でしたので、お客さまの所に着いて欲しい日から逆算して発送する日を決めます。その前に詰める日、カラーはネット入稿で、急がせるとどんどん高くなるので最低でも4日前に入稿、カラー原稿作りと校正に何日必要だから元原稿と写真撮りは何日までにと逆算します。来店されるお客様のお相手、おもてなしを最優先。その次にこの予定は優先するという流れもこの頃から出来ました。



その間に事件勃発!
小阪先生の目標フラッグは見えないものの、崖の踊り場でホッとするような事件がいくつかありました。この事件を通して崖も少し登れたかな?と思え、続けていて良かった!この道を進んで間違いないと実感出来ました。


呉服店の社員は顧客を個人的に担当していてその関係は非常に密です。店の信用に裏打ちされているものの辞めるとお客さまも失ってしまうことが多いのです。実際 会員になる2年前に辞めた社員のお客様の売上は次の年4分の3が無くなりました。
しかし2008年春に定年退職などで社員2人が辞めましたが売上増でした。
お客様は担当者個人のものでなく店のお客様になっていただけたと確信した時でした。これは何より有り難かったです。何十年のベテラン社員の代わりを他の社員でも出来るということですから。

その後私自身も病気で3カ月すべての仕事を止め、会社へも一切出ませんでした。その間 私が担当していたお客様のお世話からお買い物、全体の企画、展示会、イベント・・・何もかも全員で相談して何の滞りもなく、売上も落とさず予定通りにやってくれました。(余談ですが私が復帰した月、社員全員が次々と交代に熱を出しダウン。いつも元気いっぱいで熱なんか出したことない人ばかりなのに、それは今でも語り草になっています。)

仕組みが出来たな、と確信出来た出来事でした。
と同時に私は日常の現場の仕事から解放され、より先を見据えた仕事に特化できるようになりました。



仕組み作りの考え方とプロセス
社員には店から店外へ出ることを原則禁止したので、お客さまに店へ来て頂かなければいけません。
「どうせ買い物に行くんだからついでに寄るわ」と言ってくださるお客様の声がヒントでした。

1.お客様が店へ来る理由を作ってあげればいい。
2.「●●呉服店へ寄って良かった」と思って頂ければお客様はまた向こうから来て下さるだろう。
3.来たいと思ってもらえれば用がなくても寄れる理由を作ってあげればいい。

まず
1.
当店へ来なければいけない理由を考えてみました。
着付け、着た後のお手入れです。


ずっと以前から「買って頂いた着物は一生無料着付け」でしていましたが、上顧客には最上級のサービス(一番困られている時にその方の立場に立って役に立つことをする)としてそのお宅へ行ってやっていました。社員の手も足りないほど多くなってしまい、往復の時間、拘束時間の長さで既に限界に達していました。
訪問しなくなったことを「いい機会」ととらえ、店内着付けに切り替えました。大幅に効率がアップし 沢山の着付けも無理なくでき、新人のレベルアップ(横で見ながらチェック出来るので)また他の来店客があっても対応できるようになりました。

それに伴ってお客様の忘れ物が増えました。
家で着付けならば箪笥へ取りに行くことも出来ましたが(それによって待ち時間がまた発生して予定通り終わりませんでした)店では「家にあったのにー」と言われます。
そこで2、3日前までに「持ち物点検」に持って来てもらうようにしました。忘れられた物は紙に書いて当日持って来てもらいます。
これによって来店の理由がもう一つ増えました。

さらに
いつも完璧コーディネートをされる上顧客様があって 当店のイベントの前にはコレを着ようかな?と思う物を着物、帯、長襦袢、帯揚げ、帯締めに至るまで山ほど持って来店され
相談にいらっしゃいます。
“コレって他のお客様にも使えるかも?”  
「キレイに完璧にして着て行って欲しいから 前もってぜーんぶ持ってきてコーディネートしない?」 ほぼ皆さんが先にコーディネートに来店されるようになりました。それも楽しそうに!お客様は着る前から指折り数えて楽しんでいらっしゃるんですね。女性はプロセスを楽しむものですから。
腰ひもなどの着付け小物はその時はかさばるし、コーディネートに関係ないのでその時は持って来られません。
なので着付け当日までにまた来店されます。

次にお手入れです。
汚れ止めの加工、パールトーン加工を掛けたらお手入れ、プレス無料なので着られた方はその度に出されます。以前はコミュニケーションを取る機会と考え(ある意味恩を売っていたような感覚だったかもしれません)、着た後 取りに訪問、お手入れが出来たらお届けしていました。でもそれも点数が増え、無料で続けるのも限界に達していました。
それで都合のいい時に店舗に取りに来て頂くことに変え、その時にゆっくりして頂くことでコミュニケーションをとればいいと考え方を変えました。
それによりお手入れを持ってくる、取りに来る、2回の来店動機が出来ました。

2.
「●●呉服店へ来て良かった」と思える“コト”作り。
来店してくださるお客さまは本当に有り難い!考えてみれば以前、訪問していたのも来店していただくための勧誘をしていたんだから。


友人が家へ来たらどうする? お茶とお菓子を出して話をするのが楽しいでしょう。
今は「お取り寄せブーム」毎月テーマを決めて全国からお菓子をお取り寄せし、コーヒーやお茶といっしょに来店してくださった方全員に出し、「ちょっとお手入れを取りに寄っただけなのに得した気分」を味わってお話して行って頂くようにしました。
気持ちの負担をかけないように いちいち給湯室へ行かなくても店頭のテーブルのすぐ横で話をしながらすぐに出せるように変えました。
また通信で「今月のお取り寄せ」をお知らせし、「●●さんとこへ寄ると変わったお菓子が食べられるから楽しみ♪」と言われるようになりました。(言わずに楽しみにしていらっしゃる方はきっとその何倍もいらっしゃると思います。)

そして社員の会話。
「ここへ来ると元気がもらえるわ」「明日からまたがんばるわ」と言って帰られるお客さんの多い事!決してネガティブにならない当店の社員と店の空気がおもてなしであり「来て良かった」作りだと思います。

また当店からすれば次のお買上げ提案なのですが、それもそのお客様のライフスタイルや行事の相談から入れば お客さまにとっては「私にとって必要な情報をくれる店、教えてくれる人」となり「教えてくれてありがとう」「来て良かったわ」になります。
   
3.
用がなくても来れる理由作り。


親しみを持っていつも来たいと思ってくださっているお客様でも余程でない限り何も用がないのに寄りにくいものです。当店の取り扱い商品は最低でも2―3000円。それも1回買えば一生買わなくても済むものがほとんど。低単価で回転のいいものを置いてあげれば来やすいでしょう。
一方で 当店のお客様は食べることにとてもこだわる方が多く、どんなに忙しくても家でご飯を作られます。だから簡単に作れてプロの味が出せる添加物のない調味料を中心に置くことにしました。そのアイテムは徐々に増えていて無くなるとお父さんや息子さんまで買いに来てくださるようになりました。



2010年秋
明るい光の当たる場所、崖の暗闇とはまるで違う場所に立っていると思えました。
でも目標にしていたそこには小阪先生の姿はなく、まだなだらかな山道が続いていました。
そこはゴールでないのは一目了然、歩みを止めずに進んでいきました。



お客様が変わった!と思いました。
やたらと親しげに(新規や見込客レベルと思っても)笑顔で来店される方が多く、こちらが戸惑う場面もありました。
また「○日の何時に娘と△を見に行きますがいいですか?」とお客様の方から来店予約の電話が次々と入るようになりました。都合が悪くなると「行けなくなったので○日の何時にしてもいいですか?」ときちんと電話が入ります。明らかにこちらからお願いして来て頂く場面とは違う現象、言葉でした。
それって今思えばマスタービジネスのはじまりだったんでしょうね。

小阪先生に「なんか変わったんですよ」と言ったら すかさず「どこが?」と聞かれ「お客様が変わったんですよ」と答えました。その時先生が「●●さん、一皮むけたね」と言ってくださったのが印象的でした。でも自分ではまだその自覚はなく、先生に褒めて頂けたことだけが嬉しかったのを憶えています。

それまではNLの書き方、動機付けのやり方など基本的なスキルを身につける期間と考え自力でやって来ました。
成功事例はいくつか出来ましたが、ここがゴールではなくまだまだ滑り落ちるなだらかな崖の上に立っていると思いました。
ここで歩みを止めてはいけない!ここからこそが自分の道を切り開いて進み、ゆるぎない経営の仕組みを作る時と感じました。



2011年1月から
背の高い草木が茫々と茂る中、道を切り開きながらだれも通っていない道を一人で進みました。明るく緑にあふれている道は足取りも軽く、先は見えず何処へ辿り着くかも当てがないまま歩きました。



だれも通っていない道なので自分で考えながら進むしかありません。でもお客様が付いてきてくださる、楽しんでいてくださることが確信できたので苦にはなりませんでした。
動機付けのコツもちょっと分かり始め、SLの言葉もお客様だったらどう言われるだろう?どんなふうに思うんだろう?の観点から書く癖がついたので外さなくなりました。
2011年1月から毎月エントリーを始め、現象だけでなくプロセスと結果を出来るだけ数字で検証するように心がけました。
幸い 会報誌などに何度か取り上げていただき、先生の解説に自分がやっていることがより鮮明に理解できました。またエントリーすることによって自分で分析できる力、有効な切り口を見つけられる力が付き、大きく外さなくなりました。

2012年2月準グランプリを頂きましたが、まだ道半ばで達成感は全くありませんでした。
崖の下から見上げた時はそこに小阪先生がいらっしゃったはずなのに、そこには姿がみえません。
きっと小阪先生も先へ進んでいらっしゃるんでしょう。



そして 今
ちょっと見晴らしのいい爽やかな草原に立っています。
遠くにはすでにグランプリ受賞者たちが個性的なお城があちこちに建てているのが見えます。そのお城もまだまだ増築しどんどん姿を変えています。そしてその周りにはたくさんの村人が笑顔で楽しそうに集っているのが見えます。
自分はここにお城を作るのかな、とおぼろげながら考えています。どんなお城を作るのか、
どんな人のためにどんな設計をし、どんな村を作るのか、少し見えてきました。



気が付いたら崖を登っていた時とは全く違う視点で目標を考えていました。一つ一つの事象だけ、足元だけを見るのでなく広い世界、将来を見て進もうとしています。
今まで無我夢中でやってきたことが繋がり一つの形になってきました。
自分が何を目指し、誰のためにどんなことをして差し上げたいのか?
自分の立ち位置と使命感みたいなものが柱として見えてきました。



これから

この先 お城が完成したと思っても周りの景色や気候、環境が変われば建て直さなくてはならないかもしれないし、場合によっては他へ移らなくてはならないかもしれません。
でも今まで小阪先生が「自分で考えてここまでおいで」と手を貸して下さらなかったことで、
自分で考える力と変化対応力を身につけられたと思います。

この地が安住の地でなくてもまた次のお城は自力で建てられると思います。
崖の下から見上げていた時、上にゴールフラッグを持って立っていらっしゃった小阪先生の姿は今もありません。
きっとゴールなんてないんでしょう。

これからもずっとアドベンチャーワールドは続いて行くと思っています。
ここがゴールと思ったらきっと「変化」という嵐に風化されてしまうから。




今までの歩みを考えてみると「3Dすごろく」をやってきたような感覚がします。
サイを振って出た目で前へ進む。
サイは振らなければ前へは進めない。
サイは1から6まで。
たくさん進める時もあれば1の時もあります。
失敗した取り組みでも、やれば次どうすればいいか、考える道筋や智恵が付き、次の3や6の目に必ずつながった気がします。
だから サイは振り続ければ0ではなかったと思います。

冒険をしながら進むうちにステージがどんどん変わっていきました。
進むうちに「人」にフォーカスして物を見ること、仕組みを作りながら進む力が付いて来ました。
まだまだ目指すものは遠く、完成はしません。どんどん形を変えて変態していくのがワクワク系。
そういった点ではさなぎの皮を破って蝶になる途中、といったイメージかもしれません。
広い世界に飛び出すのはまだまだです。
歩みを止めず、確固とした信念を持ち、ぶれることなく色々なことに挑戦して行こうと思っています。

これからどんな世界が広がるか、ワクワクしながら愉しみたいと思います。
HAVE FUN!!!