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Vol.23:2005年11月11日

前号で「お父さん」こと、小阪の父のお話をしました。
もう少し、お父さんの話をさせて下さい。


お父さんは、明るく元気で、非常に他人のめんどうみのいい人でした。
と同時に、大変男尊女卑な根っこをもつ人でもありました。

女性が働くことは評価していましたが、
あくまで「良く働く女の子」ということで、
私が設立発起人の1人などとは到底思っていなかったと思います。

私は息子の会社を手伝ってくれる女の子であり、
売り上げも何もない頃(登記前ですから)のオラクルで
「今時、給料もなく手伝ってくれる娘なんておらへんで。」
と、感心しながら可愛がってくれました。

たぶんその「よくやる娘」という感覚は
最後まで変わらなかったと思います。

私もそのことに反感を持ったり
目くじらをたてることはありませんでした。
実の娘というよりは、
孫のように可愛がってくれるお父さんとの関係は、
私にとっても居心地のいいものでした。


お父さんがオラクルの事務所へ来てしてくれる仕事の1つに
水槽の掃除がありました。

当時オラクルの事務所には、
小阪が持ち込んだ90センチ幅の立派な水槽があって、
ネオンテトラという小さな熱帯魚がたくさんいました。

小阪は一見まめなように見えますが、
実は、美しい熱帯魚観賞は大好きでも、世話や掃除は不得意。
どちらかと言えば私もそう。

小阪処女作の“ワクワクするビジネスに「不況」は、ない”に、
お父さんが熱帯魚のブリーディングに凝っている話がでてきますが、
それはこの当時のことでした。

親子とは思えないほど、小阪とは反対にまめなお父さんは
いろいろな掃除道具を持ち込んでは、
オラクルの事務所の水槽をぴかぴかにしていました。
私は、「お~い、志のぶちゃん。」と呼ばれるまで
手伝いませんでした。


小阪処女作の発行は1997年。
その本が今年文庫になりました。
小阪がそのまえがきに、当時を振り返りつつ、
「そして当時熱帯魚と園芸に夢中だった私の敬愛する父は他界した。」
と書いているのを読んだ時には、泣きました。


さあて、次号よりいよいよ
小阪が前職を退社して、オラクルの仕事が始まります。



それではまた。

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