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Vol.22:2005年10月04日

お話は前職を退社、ついにオラクル(登記前)事務所に
出勤するようになったところからです。


私の退社を一番驚いたのは、実は小阪でした。
「この人がさっさと会社を辞めちゃうんだもの…」
と、後に何かの笑い話にしておりました。

背中を押されたというより、背中を蹴られた状態で、
小阪が前職を退社したのは、
その年の6月の終わり位だったように記憶しています。


それまでの2ヶ月余り、
私は1人、毎日オラクルの事務所に通いました。
設立メンバーの他の3人(小阪含む)が、
ほぼ毎日、会社が終わるとやって来る、という感じでした。

3人よりもちょくちょく、昼間にやって来るのは
小阪の父でした。


小阪の父は始めから、私たちの良き理解者であり協力者であり、
アドバイザーというか、オラクルの仲間の1人でした。
初対面の時から、私たちは
小阪の父を「お父さん」と呼んでいました。
ですからこの先、私が「お父さん」と言うのは、
小阪の父のことだとご理解下さい。

 
お父さんは数万人に1人という難病になり、
9年間の闘病の末、今年4月に亡くなりましたが、
1992年当時はそんなことになるとは夢にも思えない、
元気な61歳、現役の経営者でした。


時間の自由がきく経営者のお父さんは、
徒歩10分の距離のオラクルの事務所に突然やってきては、
事務所の備品を揃えたり、掃除をしたり、
経理や登記や、様々な細かなことを私に教えてくれました。
お父さんの専門分野は経理だったのです。

私は大学を出て広告代理店制作部のOLでしたから、
経理などさっぱりわかりません。
おまけに理数系の頭が弱いものですから、
数字というだけで嫌悪感。
元帳?勘定科目??貸借対照表????

超ど素人の私を、お父さんはなだめすかし、時に叱り、
根気よく経理を教えてくれました。
その後も、私が経理の達人になることはありませんでしたが、
この私とお父さんの関係は、お父さんが発症して
「オラクルも大きくなって数字も大きくなったから、
 専門の会計士を頼め。
 お父さんはもうパソコンのキーボードが打てないから。」
と言うまで続くのでした。


それではまた。

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